社会学視点において、
ファッションは
文化や価値観を映す「記号」

市岡先生 ファッションというと「おしゃれ」や「流行」を思い浮かべる人が多いかもしれませんが、国際文化の視点から見ると、服装はその社会の価値観や文化、宗教を映し出すものでもあります。たとえば、イスラーム教徒の女性が身につけるスカーフは、一見すると不思議な習慣に見えるかもしれません。しかし彼女たちにとっては、「大人の女性として、ここは隠すべき」という感覚に基づいた、ごく自然な装いなんです。
陳先生 「隠す」というのは、人間が服を着る最も基本的で、根源的な理由の一つですね。
市岡先生 そうですね。その感覚は、じつは私たちにも共通しています。
ニューギニア島の先住民が身につける「コテカ」というペニスケースも、その一例です。形は大きく異なりますが、大切な部分を覆うという点では、私たちの下着と同じ役割を果たしています。どこまでを隠したいと感じるかは文化や宗教によって違いますが、衣服には「体の恥ずかしいところを隠す」という機能があり、それはどの文化にも共通しているということがわかります。大切なのは、「変わっている」と決めつけるのではなく、一歩引いて「相対化」し、共通する人間の感覚を見ようとする視点。相対化とは、「当たり前」を一歩引いて見てみることです。今のルールは絶対的なものではなく、「今、この社会でそうなっているだけ」かもしれない。そう考える力が大切なんです。
陳先生 社会学でも、その「相対化」はとても重要な考え方です。
たとえばヨーロッパの歴史を見ると、男性ファッションと「男らしさ」の意味は大きく変化してきました。18世紀初頭には、レースやピンクの服をまとい化粧をする貴族の男性が「男らしい」とされていましたが、産業革命以降は、実用的で威厳を感じさせる黒いスーツが広がり、「男らしさ」は理性や権力を備えることへと転換していきます。
このように、ファッションはジェンダー意識や階級、美意識を表す「記号」である一方で、社会の規範や期待に抵抗する手段でもあります。今私たちが着ているものを無条件に「普通」と考えるのではなく、歴史や価値観の流れから見直すことで、ファッションが持つ意味や影響が見えてくるのです。
市岡先生 身近な例で言えば、学校の制服もわかりやすいですね。
陳先生 そうですね。日本では長い間、「男子はズボン、女子はスカート」が当たり前とされてきましたが、最近は、性別に関わらず選べる学校も増えてきましたよね。これは、ジェンダー平等や多様性を大切にしようという社会の変化を反映しています。ファッションは、社会のルールに従う道具にもなりますし、そのルールに問いを投げかける手段にもなるということをよく示しています。
違いを知ることで、
自分が見えてくる
同じ人間としての共通点に
気づくことも

市岡先生 国際文化というと、世界の国々の「違いを理解すること」が強調されがちですが、それだけではありません。違う文化の人と話してみると、実はアニメが好きだったり、スポーツの話で盛り上がったりと、共通点もたくさん見えてきます。違いを見るだけでなく、「同じ人間としての共通点」に気づくことも、とても大切な視点です。
陳先生 その通りですね。他者を理解することは、同時に自分を理解することでもあります。学問的にいうと「自他理解」と言いますが、自分とは違う価値観や生き方に触れることで、「自分は何を大切にしているのか」「自分らしさって何だろう」と考えるきっかけになります。ファッションもその一つ。流行にただ従うだけでなく、自分を表現する道具として使うことができる。それは、社会の中で自分の立ち位置を考える第一歩でもあります。
市岡先生 大学は、今ある「当たり前」が本当に「当たり前」なのか? 一度立ち止まって考えられる場所です。今、自分にある考え方や価値観を一度取っ払って、広い視点で見直すことで、世界の見え方も変わっていくことでしょう。
陳先生 「今あるものは変えられる」と考えられるようになることが、社会を変える第一歩にもなります。ファッションのような身近なテーマから社会を見直すことで、自分自身の考え方や生き方も見えてくるはずです。共創社会学部で、私たちと一緒に「当たり前」を問い直していきましょう。






