オーギュスト・コント(Auguste Comte 1798-1857)
1798年 南フランスのモンペリエに生まれる
1813年 モンペリエのリセを卒業し、翌年、パリのエコール・ポリテクニックに入学
1816年 ストライキの首謀者として退学処分
1822年 『社会再組織に必要な科学的作業のプラン』
1825年 カロリーヌ・マッサンと結婚(1842年離婚)
1826年 自分のアパートで『実証哲学講義』の講義を開始する(30ー42年)
1827年 自殺を図る
1844年 『実証精神論』を出版
クロティルド・ド・ヴォー夫人に出会う(翌年死亡)
1847年 人類教を説きはじめる
1851年 『実証政治体系』(〜54年)
社会学という用語の発明者
socius(ラテン語)+logos(ギリシャ語)=sociologie(社会学)
1 コントの前期思想
コントの生きたフランスは、革命後の混乱期であった。産業社会の確立はすべての勢力が実現しようとつとめた目標であったが、その前提である平和という条件がかけていた。かれにしたがえば、そうした政治的混乱の背後には、社会現象にたいすることなる思考様式が存在していた。つまり、人民の革命勢力は形而上学的思考にとらわれている。社会を統合し平和をもたらすためには、さまざまな不正を防止・是正するはたらきをする政府が存在しなければならないが、そうした政府を批判する原理を建設の原理であるかのように思っているのである。これにたいし、王政復古を求める反革命勢力は神学的思考にとらわれている。コントは両者はともに当時のフランス社会にはふさわしくない思考様式であると考えた。そうした観点の対立を実証的精神によって統一することが、政治的混乱に統一をもたらすためには不可欠である、と。
1) 『実証哲学講義』と社会学
実証哲学講義は、もともとコントが自分のアパートで行った講義である。そのなかで、かれは人類の発展過程を人間精神のあらわれである科学を通して明らかにしようとした。かれによれば、科学は、数学、天文学、物理学、化学、生物学、社会学という6つに分類できる。この講義でかれは、そうした科学が、順次、神学的段階から形而上学的段階をへて実証的段階へと移行してきたことをあとづけた。ただし、最後の社会学は、コントのこの「実証哲学講義」によってはじめて実証的段階に到達するものとされる。
2) 三段階の法則
コントによって唱えられた仮説で、それによれば、人間の精神は、神学的、形而上学的、実証的という三段階を通って進歩する
神学的段階:自然現象を霊魂や神などにより説明する段階(空想が優位をしめる)
形而上学的段階:中間的段階で、「実体」や「究極因」などの観念により現象を説明
実証的段階:現象間にみられる規則性を用いて現象を説明しようとする科学的段階(観察が優位をしめる)
「予見せんがために見る」
@神学的段階
フェテシスム あらゆる現象の背後に神的なものが宿っているとする考え
多神教 古代社会の思想
一神教 中世社会のキリスト教
A形而上学的段階 ルネサンスや宗教改革にはじまりフランス革命で絶頂に達する時期
B実証的段階 科学の精神によって支配される新しい時代
人間精神の三段階に対応して、世俗的な三段階がある
@軍事的段階 征服が政治の基礎であった時代
A法律的段階 フランス革命にみられるように法律家(啓蒙思想家)が支配した時代
B産業的段階 人間による自然の征服が政治の基礎であるような時代
「実証的」ということばの意味(教科書4頁)
「役に立つもの」「現実的なもの」「確実なもの」「精密なもの」
「組織的なもの」「相対的なもの」「愛他的なもの」
3) 実証的段階に高められた社会学によって観察・予見されるもの
人間精神の三段階の法則
社会学という科学によって何が予見できるか
実証的精神によって基礎づけられた社会の到来
「現代は実証的精神をつかさどる科学者と、世俗の社会を指導する産業社とによって特徴づけられる社会への過渡期にある」(アロン)
2 コントの後期思想
コントにとって実証的段階にまで到達した科学は、決定的真理であった。科学は新たな知識を獲得しようとする活動とはみなされなかった。したがって、社会学を実証的段階にまで高めたかれに残された課題は、それをいわば「布教」することであった。
『実証政治学体系』
サブタイトルは「人類教を創設するための社会学概要」
人類を愛情および崇拝の対象とする人類教を創設し、みずからその大司祭となる
コントの社会学
社会静学と社会動学の区別
全体社会をあつかう社会有機体説(=総合社会学)
制度化にはいたらなかった
教科書
新睦人他『社会学のあゆみ』(有斐閣新書)
参考文献
清水幾太郎『オーギュスト・コント』(岩波新書)
レイモン・アロン『社会学的思考の流れ1』(ウニベルシタス)