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流通情報学部:教員紹介

日埜 博司(ヒノ ヒロシ)

HINO Hirosi

学位:
性別:male

所属 (学部・職位・学内役職)
流通情報学部 教授
研究室/連絡先
学歴/経歴
京都外国語大学大学院外国語学研究科(ポルトガル専攻)修士課程(文学修士)
16~17世紀の大航海時代にポルトガル人が書き遺した世界各地に関する地誌・民俗誌のひとつひとつをわかりやすい日本語に直し手堅く考証すること。また、キリシタン史研究に前人未到の境地を拓きつつある高瀬弘一郎教授(慶應義塾大学)の偉大な業績を精緻なポルトガル語に直しヨーロッパへ紹介すること。そんな仕事に取り組んできました▸第二の母国であるポルトガルの魅力を広く伝えることも私にとっては余技以上の大切な業務。新潮社から出た『ポルトガルへ行きたい』(1996年)はそうした願いから生まれたちょっぴり高級なポルトガル・ガイドです。歴史の重みを感じさせる文化遺産としみじみとした景観、素朴な食文化と民族音楽のファド。南蛮料理研究家の荒尾美代、ファド歌手の月田秀子、建築史家の西山宗雄マルセーロの各氏と私が歴史的視点を交えつつかの国の魅力を紹介しました。菅原千代志氏の美しい写真を眺めているだけでも一度ポルトガルへ行ってみたくなること、請けあいですよ。
担当科目
指導方針/講義の目標/学生への希望
今年度の履修要綱に記したことを摘録しておきます。
【ポルトガル語】
祝!ブラジル、ワールドカップ優勝
今年度の履修案内、何はともあれ、この祝辞をマクラコトバにせずしては始まりません▸ポルトガル語(以下、ポ語という)は、ヨーロッパ西端に位置するポルトガルと南米一の大国ブラジルをはじめ、世界中でざっと1億8000万の人々が常用する世界の主要言語のひとつ。南蛮人渡来を通じて、わが国との歴史的つながりも深い言葉です。今から450年前に、かの有名なザビエルを日本へ連れてきた鹿児島出身のヤジローという人が日本人として初めてこの言語を学びました(ザビエルとヤジローの会話はポ語で行なわれていました)▸私のポ語講座は、本学サッカー部イレブンの駆け込み寺(?)と化して久しいのですが、ポ語は何もサッカー狂のためにだけ存在する言葉ではない。ちゃっかり自慢話をしますが、本学に来れば、日埜にじきじきポルトガル学を習えるという情報(これは決してうそイツワリではない。現に私のところで16世紀ポルトガルの料理書をテーマにおもしろい卒業研究を仕上げた女子学生がいる)をどこかから仕入れて、そういう希望を入試の面接の際はっきり述べた人がいたとか、いなかったとか。どちらにせよ、関心を絞りこんで特定の何かをやり遂げようという奇特な人との出逢いは楽しみです▸さて授業では、毎度、両国著名人(たいていはサッカー選手ですけど)の名前を材料にして、ちょっと鼻にかかったポ語の美しい発音を学び、ポルトガル・ブラジル世界の新鮮な話題を折りこみながら、ごく簡単なポ語文法と会話をマスターするところまで持ってゆきます▸それから、ワールドカップ前後に放映された(セレサォン。サッカーブラジル代表のこと)のインタビューをたっぷりビデオに収録しましたので、今年度は、スーパースターの日常会話を手がかりに、自然なポ語表現に接する機会を少なからず提供できると思います。ロナウドいわく、「(今大会の)目標のひとつは再び世界一に返り咲くことだ」。神様ジーコいわく、「中村(俊輔)は日本のサッカー(史)に現われた最高の選手のひとりだ」。「ひとりひとりが人よりもいいものを持っている」。さあこれをポ語でどういうか。理詰めで知りたければ、私の授業をどうぞ▸神様が日本に植えつけようとしているのはfutebol alegre(フッチボール・アレグリ=楽しいサッカー)ですが、私は徹頭徹尾をめざします。志ある顧客(=学生)すべてに満足してもらえる、わかりやすく朗らかでサービス精神に満ちた講義を提供することが、私の理想であり実践上の目標です。
【基礎演習】
日本では酔っ払って絡んだりゲロを吐いたりする人になぜこうも寛容なのか。「シナ」と「中国」は本来どう使い分けるべきか。わが子は直接名前で呼ぶのに、親に向かってそうできないのはなぜか……▸ことばと文化をめぐる日常的課題から種々雑多な疑問を掘り起こし、考えかつ論じてもらうことを主眼とするユニークなゼミです。ゼミの性格に照らして特定のテキストはありません。ほぼ毎回プリントを配布するとともに視覚的な参考資料をたくさん持参します。
研究・専攻分野
ポルトガル文献学(大航海時代にポルトガル語で書かれた文献・史料の翻訳および考証)
研究テーマ
大航海時代はポルトガル人をはじめとするイベリア半島の人々によって世界史上初めて地球規模の情報ネットワークが実現した時代。リスボンと東洋各地との間を往復するため命がけの船旅に挑んだ人々はどんな心構えで航海に臨んだのか? 船内生活の実態は? 難船に際して人々がとった行動は? その一端を知るための記録が16~17世紀に種々執筆されました。『海難悲話』と総称されるそうした資・史料群に今、一編ずつ翻訳・注釈の手を加えています▸17世紀初めにディエゴ・コリャードというスペイン人ドミニコ会司祭がローマで『懺悔録』というタイトルの本を刊行しました。モーセの十誡に違背する罪を犯した日本人キリシタンの懺悔(教会用語では告解)をポルトガル語式のローマ字で書きとめた興味深い記録。数年前、この書物に収められた懺悔のうち「汝、姦淫するなかれ」の掟に反する罪のそれをポルトガル語へ直してリスボンで発表したところ、少なからぬ反響がありました。夜這い、密通、蓄妾、強姦、堕胎、避妊、男色、自慰、獣姦等々、カトリックが禁ずる罪を犯した日本人信徒による懺悔の数々。しかし一般的日本人にとってそれらは果たしてどこまで「いけないこと」だったのでしょうか。当時の日本にはカトリック倫理や西欧中心主義の単純な押しつけを厳しくはねつける、そんな独自の道徳律が機能していたことを、『懺悔録』を材料として、ヨーロッパ・カトリックの読者へ伝えようとする論考をポルトガル語で作成しています。
実績 (著書・論文・研究発表)
「ポルトガル人の種子島漂着と鉄砲の日本伝来」大阪城天守閣『特別展図録 日本の鉄砲――吉岡コレクションの全貌に迫る』1983年
「南蛮屏風にあらわれる南蛮人について」岩波書店『文学』1984年3月号
松田毅一/坂本満編『南蛮』(『近世風俗図譜』第13巻)小学館、1984年(共同執筆)
「15世紀後期のポルトガル語の諸相――ペロ・ヴァス・デ・カミーニャの「書翰」を例として(前篇)」京都外国語大学『COSMICA』XIII、1984年
「15世紀後期のポルトガル語の諸相――ペロ・ヴァス・デ・カミーニャの「書翰」を例として(後篇)」京都外国語大学『COSMICA』XIV、1985年
松田毅一監訳『十六・七世紀イエズス会日本報告集』第 I 期第一巻、同朋舎、1987年(共訳)
「一六世紀ヨーロッパへ伝えられた中国像の変容――クルスからメンドーサへ」財団法人東方学会『東方学』第77輯、1989年
ジョアン・ロドリゲス『日本小文典――附、1620年マカオ刊、アジュダ図書館蔵本影印』新人物往来社、1993年
「鉄砲伝来は日本を変えたか」『THIS IS読売』1993年10月号、読売新聞社
「厳格にして優雅なり――南蛮人が驚嘆した戦国ニッポン」『新潮45』1995年6月号、新潮社
「一六四〇年にマカオから長崎に派遣されたポルトガル使節に関する『報告』――その翻訳・注釈ならびに若干の問題点」長崎史談会編『長崎談叢』第86輯、1997年
「ポルトガルの文人モラエスの見た大津事件と烈女畠山勇子」『流通経済大学論集』通巻第115号、1997年(初出:「ポルトガルの文豪モラエスの見た大津事件(上)(下)」『歴史と旅』1987年10~11月号、秋田書店)

「ポルトガル大航海時代の裏面史『海難悲話』について(その1)――ディオゴ・ド・コウト『アギア号とガルサ号の航海記』訳注」長崎史談会編『長崎談叢』第87輯、1998年
日埜博司/小磯京子「ポルトガル大航海時代の裏面史『海難悲話』について(その2)――「大ガレアン船サン・ジョアンの難船とマヌエル・デ・ソウザ・セプールヴェダの非業の死についての報告」訳注」『流通経済大学論集』通巻第121号、1998年

東武美術館/朝日新聞社編『来日450周年 大ザビエル展 その生涯と南蛮文化の遺宝』1999年(図録全般の編集および寄稿論文の和・葡訳)
「ドミニコ会士コリャード編『懺悔録』に記録された日本人信徒の肉声――特に第六誡に反する罪の懺悔をめぐって」『流通経済大学論集』通巻第128号、2000年
ガスパール・ダ・クルス『中国誌』講談社学術文庫、2002年
所属学会
Academia Internacional da Cultura Portuguesa
東方学会
「遠藤周作グローバルトーク――ポルトガル風土記」『グローバルプレス』(株式会社グローバルユースビューロー)1992年秋号(本ホームページに掲げた私の写真は在天の遠藤先生との対談時に撮影されたものです)
『毎日新聞』1993年4月24日付「企画特集 日本ポルトガル交流史――食はポルトガルにあり 交流開始から450年 その源流を探る」全7面のうち2面「16世紀の南蛮食文化」と3面「鉄砲、衣…伝来の歴史」を執筆
『毎日新聞』1993年6月30日付「企画特集 日本ポルトガル交流史――言葉も残したポルトガル 交流の原点は“南蛮の時代”」全7面のうち6~7面「ポルトガル語を探る」を執筆
EXPO 98リスボン国際博覧会基本計画構想委員ならびに日本館展示監修
朝日新聞社主催「来日450周年 大ザビエル展 その生涯と南蛮文化の遺宝」(1999年、川崎市市民ミュージアム・山口県立美術館・東武美術館・鹿児島県歴史資料センター黎明館・岡崎市美術博物館・長崎県立美術博物館で開催)学術協力
NHKテレビ番組『その時歴史が動いた』「キリシタン禁制――秀吉、ヨーロッパと対決す」(2000年8月23日放映)制作協力
学術雑誌Bulletin of Portuguese-Japanese Studies編集参与

学生へのメッセージ
平生は冗談と軽口を楽しみながら好きな生業に臨むときは徹底して細部にこだわる。そんな「遊戯三昧」(ユゲザンマイと読む)の生き方に憧れます。皆さんもいかがでしょう。