学長室だより vol.12
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「フンボルト理念」と大学の使命
かつて経験したことのない巨大地震と大津波によって多くの尊い人命や財産、そして人々の生活までをも奪った昨年3月11日の東日本大震災と、それに起因して発生した福島原子力発電所の深刻な爆発、放射能漏れ事故から、早いものでもう1年が過ぎた。いまだに多くの方々が、住み慣れた地を離れて不自由な避難生活を余儀なくされているとはいえ、被災地で復旧に向けた槌音が大きく響き始めていることは、何よりも被災された人々の不屈の忍耐力と、この国の強靭さを示すものであろう。
しかし、福島原子力発電所周辺の放射能汚染地域に関する限り、技術的にも除染は困難を極めることが予想され、所によっては故郷にいつ帰還できるかの目途さえ立たない状況にある。また福島から関東にかけての首都圏の一部でも、これからの長期にわたり、自然界のレベルを超える比較的に高い放射線量の中での生活を強いられることにもなった。更に今回の事故を受け、原子力発電所の再稼働の是非をめぐって、我が国の将来にわたるエネルギー政策についての難しい選択を迫られるなど、前途は多難と言ってよい。
その意味で3・11は、明治維新や太平洋戦争での敗戦と並ぶ程に、将来のこの国の有り様を大きく変える、歴史の転換点の一つと位置づけられよう。そしてこういう時だからこそ、大学の果たすべき役割も大きい。しかしながら、震災および原発事故へのあまりにも稚拙な初期対応によって、政府や政治そして政治家への信頼が地に落ちたのと同じように、これまで無批判に政府や産業界と一体となって国の原子力政策に協力してきただけでなく、危機的状況では沈黙してしまい、住民の安全のために何らの有効な提言もできなかったことで、原子力工学のみならず科学技術や科学者、そして大学そのものへの信頼さえも大きく損なわれてしまったことは否定できない。
しかし大学は、もともと「学府」として「学問の自由」と固有の「自治」を保証され、政治や世間から一定の距離を置くことを認められた特別な存在である。時の政権の思惑や目先の事象に捉われず、「国民の利益」と長期的な視野に立って、将来の人材育成や科学技術の発展、そして社会の進むべき方向を示すことを託されているのである。それゆえ大学における学術研究は、人間と社会にとって有益でなければならないにしても、ご都合主義の「御用学問」であってはならず、学問それ自体が「自己目的」として行われることにポジティブな意味があった。その意味で、今回の事故によって科学技術や大学への信頼が揺らいだのも当然であり、大学人は謙虚に反省しなければならない。
その際、1810年のベルリン大学の設立以降、近代の大学に大きな影響を及ぼしてきた「フンボルト理念」を、あらためて再評価すべきではないかと思う。社会の日常や政治の喧騒に惑わされることなく、大学で自由で創造性豊かな研究と教育が行われていなければ、真の意味での「社会の進歩」もありえない。自由な環境での研究と教育の「多様性」だけが、学術の継承発展と「社会の進歩」を担保するからである。また今日のグローバル時代にあって、我が国が世界をリードしていくためには、経済的な復興だけでなく、我が国固有の文化や伝統(ソフト・パワー)を世界に向かって積極的に発信していかなければならない。そしてそれは、大学の学術研究に支えられることを必要としている。
19世紀初頭のナポレオン戦争によって荒廃し、フランス占領下におかれた現在のドイツにおいて、祖国の「精神的権威の復興」を目的として創設されたのが、近代大学の祖、ベルリン大学である。創設者の一人、ヴィルヘルム・フォン・フンボルトは、現在の日本と同じく悲惨な状況にあった祖国プロイセンの復興のためには、何よりも教育と研究の振興によって民族の「精神的権威の復興」が不可欠であるとした。以来ベルリン大学は、ドイツにおける「民族精神」と文化の中心となり、政府からも超越した特別の存在であることを社会から認められてきたのである。
こうして近代の大学は、「危機の時代」において国家の復興と民族の救済を目的に、健全なナショナリズムと結びついて生まれてきたことを忘れてはならない。政治がいかに停滞と混乱の中にあり、政治家や官僚が有効に機能しない時でも、大学と大学人は社会と国民に対し、凛として将来の方向性を示す啓蒙の役割を果たさなければならず、これこそ大学の「公共的使命」である。したがって本学の教育理念である「実学主義」も、安易な社会への迎合であってはならず、「国家百年の計」に立った教育や研究として行われなければなるまい。
流通経済大学長 小池田 冨男
ヴィルヘルム・フォン・フンボルト(Karl Wilhelm von Humboldt)1767〜1835
プロシャの貴族出身の言語学者で、また政治家でもあり、ベルリン大学の創設者の一人となった。彼の名を冠した「フンボルト理念」は、これまで「大学の自治」と「研究至上主義」を意味する近代大学の理念(権利)として、大学人には都合よく解釈されてきたが、しかしそれは、大学の自由な研究とそれに基づく教育こそが、政治や社会から超越して、時代の牽引車になるべきこと(責任)を説いたものであった。